福祉の世界に足を踏み入れたのは、強い志があったからではありません。「なりゆき」から始まったその一歩が、やがて使命へと変わっていきました。本記事では、福岡市子どもの健全育成支援事業(※)において、相談支援員として長年子どもや保護者に寄り添い続ける社会福祉士・梶田さんの歩みを紹介します。専門知識だけではなく、人としての温かさで信頼を築く──その支援のかたちに迫ります。
※福岡市子どもの健全育成支援事業は、生活保護世帯等の子どもと保護者に対し、関係機関との連携を図りながら、世帯が抱える様々な課題に係る相談・支援を行い、次の世代の将来における社会的・経済的自立を図る事業です。

母子寮での経験が支援の原点
__福祉の仕事に就いたきっかけはなんですか。
知人の勧めがあって、30歳のとき、北九州市福祉事業団に入職し、母子生活支援施設(旧母子寮)に配属されました。当時、福祉の仕事に対して高い志があったわけではなく、福祉の世界に足を踏み入れたのは、完全になりゆきでした。
__福祉の仕事に対して特に強い思いはなかったとのことですが、大変だと思うことはありませんでしたか。
なりゆきで始めた母子寮職員の仕事でしたが、ふり返ると種々な年齢の方々と関われ、楽しい時間でした。入所者に関してトラブルや困りごとも多かったけれど、どんな出来事も自分のことのように一緒に悩んだり考えたり、真正面から向き合いました。おかげで、いろんな人の人生を追体験するような感覚で、ずっと新鮮な気持ちで仕事に臨むことができました。何よりも、子どもたちの成長を間近で感じられるのが嬉しかった。いまでも交流のある子もいます。
“近所のおばちゃん”だからこそ築ける信頼
__現在、相談支援員として子どもたちやその保護者に関わるうえで、心掛けていることは何ですか。
訪問や面談の限られた時間の中で、子どもや保護者の本音、親子の関係性を見抜くことができるように、表情や声色、家の中の様子など、あらゆる情報に気を配っています。
それから無理に介入しないこと。過去の話は本人から話し始めるようになるまであえて聞かず、これからどうしたいか、未来の話、楽しい話をするよう心掛けています。子どもや保護者が抱える病気や障害のこと、子どもの将来のこと…たくさん心配事はあるけれど、あえて全く関係ない話をする。天気の話、趣味の話、料理の話とか、そんな話ばっかり。ただの“近所のおばちゃん”が訪ねてきて他愛もない話をするだけで、これが相談支援?と思いますよね。だけどそのおかげで元気になれた、本音で話せた、と子どもたちや保護者の方たちから言ってもらえることもたくさんあって、私はそれが本当にうれしかったし、支援員としての自信にもつながっています。
“支援員”として関われば壁ができるところも、“近所のおばちゃん”になら、気負わずしょうもない話もできるでしょう。その中でポロっと本音が出たりするから、そこを聞き逃さないよう気を付けています。支援員は黒子です。支援員が脚光を浴びる状態は良い支援とは言えないと考えています。脚光を浴びるのは子どもや保護者であるべきといつも思っています。

子どもの笑顔が、何よりのやりがい
__相談支援員の仕事のやりがいは何ですか。
なんといっても子どもたちの笑顔が見られること、それが一番です。子どもの目がキラキラ輝くようになるのを見る喜びは、何にも代え難い。それから、子どもも保護者も、ちょっとしたことがきっかけで自信をつけて成長していくところを見ることができるのも支援員の仕事の魅力だと思います。
支援対象者とのかかわりの中で失敗することもあるけれど、それもすべて学びにつながっているという点で、学びが多いことも魅力かな。
福祉の問題は、“わたしの問題”
__最後に、梶田さんの今後の展望を教えてください。
これからも相談支援員を続けていきたいです。少し大きなことを言うなら、いま福祉が抱えている問題が、福祉的支援を受ける人たちと、その支援にあたる人たちだけの問題とされるのではなく、誰もが自分自身にも関わる“わたしの問題”としてとらえられるようになったらいいなと思っています。そんな大きな願いを持ちつつ、これからもひとりひとりのお子さんや保護者の方と向き合っていきたいです。
記事作成:福岡市福祉局生活福祉部保護課

